肩の痛み – よくご相談いただく症状
肩関節の治療 総論
- 1. 肩ってどんな関節なの?
- 肩関節はヒトの関節のなかでもっとも可動域の大きな関節です。肩甲骨の関節面と上腕骨の骨頭が関節を作りますが、骨の接触は非常に小さく“ゴルフのティーとボール”の関係にたとえられます。よく動くかわりにとても不安定な関節で「脱臼」しやすい関節なのです。肩を安定させるために筋肉・腱・靭帯といった軟部組織が骨を覆っています。腱板は骨頭をほぼ覆っており肩の安定化に重要な組織なのです。骨折を除けば、肩の障害はこの軟部組織が傷むことによっておこるのです
- 2. 外来で行われる治療
- 「肩が痛い!」との訴えの中で様々な疾患が存在します。まず、肩関節が悪いのか?頸椎疾患からくる肩周辺痛なのか?内科疾患(心筋梗塞、肺癌など)からの痛みなのか?を判断します。診察にて肩関節に障害がある場合、X線撮影を行い骨形態・病変を調べます。さらに筋・腱などの異常が疑われる場合はMRI検査などを追加します。これら検査により病態(何が原因なのか?)を把握できます。
治療は肩に起きている炎症を抑えるために、内服薬や関節注射などを行います。前述した検査で大きな異常所見がある場合、手術的な治療が必要になる場合もあります。スポーツ障害の肩痛に多いのですが、肩周囲のコンディション不良が原因のこともあります。このような症例にはリハビリテーションにて機能回復訓練をすることで症状が改善します。
- 3. 「インナーマッスルをきたえると良い!」と聞いたことがありませんか?
- 肩関節運動時に上腕骨頭が常に関節窩の中心部に位置することがとても重要なことなのです。ちょっと専門的で難しいですね。たとえばコマを回す際に軸が中心からずれているとコマは回転するとき大きくぶれますよね。傷めている肩は動作時の回転中心が大きくぶれているのです。つまり肩を動かす際の回転中心がぶれないようにすることが治療になるわけです。肩関節の深層にある筋腱を腱板というのですが、この腱板が回転中心を安定化させる役割をしているのです。腱板は肩の外側(アウター)でなく内側(インナー)にあるため、インナーマッスルと呼ばれるようになりました。腱板機能を高めてあげる訓練(インナーマッスルトレーニング)が肩関節を安定化させるのです。
腱板が外傷やスポーツなどで完全に断裂しているときには手術にて修復することが重要ですし、機能低下だけならリハビリで回復させることができます。また腱板のトレーニング方法は専門のドクターまたは理学療法士などに指導してもらってください。インナー(腱板)のトレーニングのつもりでアウターにしか効いていないという人が案外多いのですよ。
【トレーニング例】
インナーマッスルの運動は軽い負荷で1分以内で行うことが重要です。
担当の理学療法士が適した運動方法をご案内致します。
反復性肩関節脱臼
スポーツや交通事故などで肩を下にして転倒したり、手をついたりして初回の脱臼がおこります。好発年齢は15~35歳です。ほとんどが前方・下方に脱臼し、重要な支持機構である前下方の関節唇、同部位の靭帯、関節包が損傷されます。肩の形態は“ゴルフのティーとボール”の関係と説明しましたね。ティーの辺縁が欠けると上のボールは簡単に落ちてしまいます。肩がこのような状態になっていると考えてください。特に20歳以下の若者は何度も脱臼を繰り返す確率が高く、80%を超えるともいわれています。症状として痛みは軽いのですが、手をのばして背伸びをしたり、ボールを投げたりすると脱臼しそうになり、スポーツなどが思い切り出来なくなります。この治療方法は基本的には手術をしてティーの辺縁を修復してあげることが重要なのです。
手術方法もいろいろありますが、当院では「関節鏡視下バンカート法」と呼ばれる手術を行っています。正常な構造物を損傷せずに、脱臼により壊された関節包、靭帯、関節唇、骨を元の位置に戻して修復します。この際、糸のついた特殊なアンカーを数個使用します。(このアンカーは吸収性のものと非吸収性のものがあります。)
従来おこなわれていた大きく切開(約8cm)する方法とこの関節鏡手術はどちらも5~10%の再脱臼が報告されていますが、術後の可動域制限は圧倒的に関節鏡手術が少なく、スポーツ復帰率も高くなっています。写真のようにキズは小さなものなので女性からは美容上の面でも喜ばれています。
【関節鏡視下バンカート法】
脱臼により肩甲骨関節窩の骨欠損が大きい場合は、「直視下ブリストー&関節鏡視下バンカート法」を行なったりもします。この手術は、肩甲骨の烏口突起という骨を、骨が欠損している関節窩の部分に骨移植させる手法です。ラグビーや柔道などのコンタクトスポーツでの再脱臼を防ぐのに適しているとされます。
【直視下ブリストー&関節鏡視下バンカート法】
腱板断裂
腱板は肩甲骨と上腕骨をつないでいる4つの筋腱から構成されています。これらが1枚の板状の腱となり肩関節を覆っています。これらの腱は誰でも加齢とともに少しずつ傷んでいきます。よって中高年の方が重いものを持ち上げたり、手を着いたりなど日常生活上の軽微な外力が加わることで断裂することが多いようです。
断裂直後の典型的な症状は、痛みと自力で腕を挙上できなくなるというものですが、1ヶ月ほどで急性期の痛みがとれて挙上もできるようになることが多いです。ただし断裂した腱が自然につながることはなく、他の筋腱を使って代償的に動かせるようになったに過ぎません。肩より上の高さに腕をあげての動作や、力仕事、スポーツなどに際してはうまく力が入らないことがあります。また夜間痛が特徴的です。整形外科にかかっても五十肩として扱われていることも多く、3ヶ月以上治らないようならわれわれのような専門医を受診した方がよいでしょう。
MRI検査を行い、腱の断裂の大きさ、年齢、検査での腱の質などにより、手術方法をとるべきか、リハビリなど保存治療でよいのかを判断しています。断裂サイズは年々拡大していき、断裂した筋腱は変性・萎縮していくので適切な時期に手術をすることは日常生活をよりよいものにするために必要です。
【MRIによる腱板断裂の大きさ】
手術による腱の修復は痛み、筋力低下、可動域制限を改善する重要な手段です。
【関節鏡下腱板修復術】
腱板断裂のサイズが大きい場合は、関節鏡での手術ができない場合があります。
比較的若く活動性が高い方で、関節の変形が少ない場合は、「棘下筋回転移行術」という肩の後ろの筋肉を前方に移行させる修復手術を行うこともあります。
【棘下筋回転移行術】
変形性肩関節症
変形性肩関節症やリウマチ性肩関節症の末期には関節裂隙は消失して、関節窩・骨頭の変形・破壊がすすみます。人工肩関節置換術は関節窩・骨頭ともに置換することで除痛効果にすぐれており末期関節症の治療に有用です。ただし可動成績は腱板が残存しているか、あるいは修復可能であるかにかかっています。腱板断裂性関節症の場合、適応が無かったのですが2014年から「リバース型人工肩関節」が日本でも使用可能となりました。今まで有効な治療方法がなかった腱板広範囲断裂に伴う関節症で拳上不能症例にも有用であると期待されています。
【リバース型人工関節手術】
五十肩・拘縮肩
五十肩とは肩関節の疼痛と関節可動域制限を主な症状とする疾患で、明らかな外傷やきっかけがなく徐々に疼痛(特に夜間痛)が出現し,肩関節の動きが制限されてくるものを言います。このような五十肩は,痛みの強い時期は注射療法が,痛みが和らぎ関節可動域制限が主たる症状の時期には理学療法が奏功するため,手術に至ることは少ないです。しかし頑固な痛み・可動域制限が継続する人の場合、手術することにより早期の除痛が得られ可動域拡大による日常生活動作が大変行いやすくなります。また五十肩と同様な症状でも,大きな外傷や骨折などに続発する拘縮(外傷性肩関節拘縮)や,糖尿病に合併した拘縮(糖尿病性肩関節拘縮)などがあります。
手術はすべて関節鏡視下に行ないます。「関節鏡視下関節包全周切離術」は、5mm程度の創が2~3箇所で,硬く厚くなった関節包と言われる関節の一番内側の靭帯を,一周切離する方法です。
石灰沈着性腱板炎
肩疾患の中でも発症すると非常に強い痛みを呈します。誘因なく発症し痛みのためほとんど動かせません。40~50歳代の女性に多く、X線写真で腱板部位に石灰化像をみとめます。腱板内に沈着したリン酸カルシウム結晶によっておこる急性炎症ですが、原因はよくわかっていません。急性期には消炎鎮痛剤内服と腱板表面の肩峰下滑液包に局所麻酔薬+ステロイド液の注射が有効です。また胃潰瘍の内服薬である塩酸シメチジンが石灰化を吸収する作用があり、半数以上に石灰化サイズの縮小をみとめます。頻回に疼痛発作が起きる場合は関節鏡手術で石灰を摘出除去します。
その他の治療法として、体外衝撃波があります。体外衝撃波(Extracorporeal shockwave)とは、身体の外から非侵襲的に組織の深部までエネルギーを伝播し、治癒及び組織再生を促進する治療法です。
当院では、拡散型を取り扱って治療を行っており、自費診療(保険外)となっております。
野球による肩・肘の障害:総論
プロスポーツの日本での人気割合をご存じでしょうか?2017年データになりますが、1位:野球, 2位:サッカー, 3位:テニス, 以下、大相撲, カーレース, バスケットボール, ボクシングとなっています。多様化してきたとはいえ野球が最も人気があるのです。当院を受診されるスポーツ障害で圧倒的に多いのが野球による投球障害です。特に多い少年期の投球障害にフォーカスしてみます。
投球障害の要因は ・オーバーユース(投げすぎ) ・コンディション不良・ 投球フォーム不良 が複合して起こります。
小学生・中学生の子供はまだ骨端線(成長軟骨)があり(図1)、牽引・捻りに対して構造的に弱く大人と同様のトレーニングは障害の原因になります。この部位を傷めると成長障害や遺残変形が残るため検査にて異常がみられれば投球を完全に中止しなければいけません。
投球技術は繰り返すことで上達していきますが、オーバーユースの問題があります。全力投球数 小学生:50球/日 200球/週、 中学生:70球/日 350球/週これ以上の投球数になると障害がおこるとされています。指導者・親がよく理解することが重要です。
少年期の身体特徴です。
骨の成長に伴い筋肉・腱の緊張が高まります。筋・腱の付着部に障害がおきやすい状態です。四肢・体幹の柔軟性が極端に低下する原因もなります。投球動作は下半身からの連動で上半身を動かすため、下半身特に股関節周囲の筋力・柔軟性が必要です(図2)。
また投球後は投球側の肩・肘周囲を中心に筋・腱が硬い状態になります(図3)。そこで柔軟性を高めるコンディショニングが必要となります。「肘が下がっている。」と投球フォームの欠点を指摘されることがありますが、肩周囲の筋などの硬さにより「肘が上げられない。」ことがほとんどなのです(図4)。
当院では理学療法士により全身の柔軟性・筋力向上含めたコンディショニングを行い、セルフストレッチ指導(図5)でコンディション維持をさせます。コンディション改善と疼痛緩和が得られた段階でフォームチェックを行います。フォームが未熟であると再発することが多いため肩・肘に負担がかからないようなフォーム矯正を行うこともあります。
図2 下肢のコンディション不良例
図3 肩コンディション不良例
図4 肘が肩より高い→肩の最大外旋獲得
図5 肩のセルフストレッチ方法
野球肩:上腕骨近位骨端線損傷
野球などの投球動作で肩にかかる牽引力は体重と同等と言われています。前述したように小学生・中学生の子供はまだ骨端線(成長軟骨)があり、牽引力が繰り返しかかることにより骨端線が離開していくことがあります。これは上腕骨近位骨端線離開(図6)であり、リトルリーグショルダーともいいます。骨端線離開が起きても約1/3しか痛みはないとの報告もあり、実際にはかなりの頻度で骨端線離開が起きていると考えられます。有症状の症例もほとんどが投球中止とコンディショニングの保存治療で治ります。しかし離開が強い場合は成長障害や遺残変形が残るため適切な診断治療が必要です。
図6
野球肩:スラップ(Superior Labrum Anterior Posterior)損傷
野球などの投球動作、テニスのサーブ、バレーボールのアタックなどでは肩関節は拳上位での最大外旋から急激に内旋運動を行います。関節内では上方の関節唇と腱板(棘上筋腱・棘下筋腱)の関節面が強く擦れあいます。この擦れあう状態をインターナル・インピンジメントといいます。この現象は正常でもおこるのですが、不十分な肩拳上(肘下がり)や過度な肩外旋などで強く擦れあうと上方の関節唇が破断したりはがれたりします。これをスラップ損傷といいます。相対する腱板の関節包面断裂もおこります。
診断は関節造影後MRIが有用(図7)です。基本的にはリハビリにてコンディショニングを行い症状改善させます。しかしリハビリでの回復が不十分な場合は、関節鏡による手術を行います。剥離した関節唇の部分切除か修復術を行います(図8)。
また関節の後方に骨棘(Bennet骨棘)ができるケースもあります(図9)。関節鏡手術は非常に有効です。
図7
図8
図9